2022年6月22日に,セッションにいらした方が体験レポートを書いてくれましたのでご紹介させて頂きます。10シリーズのモニタープログラムにも参加頂いた方です。
その後コロナ感染され調子を崩し,遠隔セッションもお受け頂いています。
それらを経て,今回セッションにお越しになりました。
2022 年 6 月 22 日(水) 14:30〜
6 月 21 日(火)朝、起き抜け、首の側面、そして、後頭部から首の付け根を経由して 肩甲骨にかけて痛みがあって、肩も痛く、頭痛もあった。
ここ何ヶ月というもの、気力が落ちてどこかに連絡をするエネルギーなんかなく、 ましてや、電車に乗って移動する自分なんて想像もできない状態だったので、体調 が悪くてもじっとしているしかなかった。
が、しかし、6 月 21 日の朝は、外側からなにかしらの介入が必要だと切実に思う程 の体調の悪さだった。
体調が急変してドタキャンしたら迷惑かけてしまうかも? という心配もあったが、 田畑先生に、予約のとれるスケジュールをお尋ねしたところ、翌日に施術をしてい ただけるご返信をいただけた。
施術予約の依頼の連絡をした直後、首の側面の痛みが和らぎ、予約確定のご返信を いただいた後は、頭痛と肩甲骨の痛みがなくなってしまった。 田畑先生と回路が繋がっただけでロルフィングの施術が始まったみたいだった。
施術当日、ベッドにうつ伏せになると、田畑先生が、ベッドの周りを移動して、立つ位置による感覚の違いを訊ねてくれる。 これは個人的には施術の中で大好きなワクワクするパートだ。 田畑先生の立つ位置によって、びっくりするくらいに心身の感覚に変化が生じる。 空気の圧を身体のある一定の部分に受ける感覚があったり、温熱を身体にあてられているように感じたり、そういう感覚が生じる部分も、施術者の移動によってかわ ってくる。そして、心の様子も変わる。
自分の心身の変化に注意を払っていると、昨日からのヒドい痛みを「忘れている」 ことに気付いた。痛みは、自作自演だったのか? という考えが浮かんだ。
田畑先生が左足許の延⻑戦上に立った時、左右の肩を底辺に、左つま先を頂点とす る三角形の範囲が、赤味を帯びた光と熱で温められているように感じた。その同じ 部分に重低音のバイブレーションが響いているようにも感じた。
ベッドの周りを一巡したくらいで、
「どこが 1 番おちつきますか?」的な質問。 どの位置もそれぞれ特有の面白さがあって迷う。だが、左腕の決断は意識よりも早 かった。左腕が、左足許をビシッと指し示し
「そこがいいです」と答えていた。
うつ伏せになる時、顔を向けるのに楽な方向として、左を選んだにも関わらず、左 の首の付け根に引っ張られるような痛みを感じ始めた。 それと同時に、頭の中で、痛みの原因として考えられることや、その痛さを説明す るのに適した言葉の組み立てを頭が考え始めて、にわかに頭の中がうるさくなった。
脳内が騒ぎだしたそのタイミングで、田畑先生に、
「今どんな感じですか?」と訊かれた。
首が痛くなったことは伝えず、なにか別の内容が口をついて出た。
なにをどう答えたのか忘れたが、
「今どんな感じですか?」
の質問の後、
頭の中が水を打ったように、鎮まりかえった。
痛みについての説明文は消え去り、
身体ごと深い水の中に沈んだような感覚。
田畑先生の施術は潜在意識に作用しているんだ、とぼんやり思った。
その後、頭の中で、「不思議、不思議」という言葉が波のように押してはかえし始めた。
不思議のベクトルは、この施術自体に向いていた。 ほとんど触られてもいないし、ベッドにうつ伏せになって、その周りを移動されて 質問されただけで心身にくっきりと変化が現れている、ということが不思議だった のだ。痛い痛いと心が心配と不安でいっぱいで、身体のいたるところがバラバラの 方向に動きたがっているようだったのに、心も落ち着いているし、身体も痛みを感 じないで、ゆったり横たわっている。それはとてもいい気分なのに、おかしいぞ!
となにかを疑いたがっている。
「施術」といえば、身体をもまれたり、さすられたり、なにがしかの力を加えられ ることだという設定があるからだろうか? 身体を包む空気が変化していくのを感 じながら、ゆるやかになっていっているこの感じを素直に楽しめない。
治療は、痛みを伴う、特訓のようなもの、そんな設定がどこかにある。なにかを成 し遂げるためには苦しみが伴う、みたいな。昭和の部活感覚。
話が逸れるが、 ニューヨークで暮らしていた時、何度となく、英語が言葉だったら日本語は言葉じ ゃないし、その逆もまた真なり。と思っていたことを思いだした。 間違いなく両方、言語であるように、この施術もまた施術。実際、いい気分だし、良 くなっている。 しかも、連続セッションを受けた時に、ロルフィングでは毎度、大きな身体の変化 を確実に目にしていたのに! 私の考えの設定というか、OS は古いままなのだ。と 思ったタイミングで、私の OS のアップデートが始まった感じがした。
OS がアップデートされていくのはいいが、ハードが古いと、OS が上手く機能しな いのでは? と不安になった。私の、気力不足、エネルギー不足のこの身体/ハー ドウエアは、今日の潜在意識への作用や、新しい OS のインストールについていけ るのだろうか? とにかく、いちいち、変化がある度に心配ばかりしている自分が めんどくさい、が、やめられない。
でも、心配になると、解決につながるいい考えが浮かぶのだった。
施術前と、施術後に身体を前後左右から撮影した写真を見比べれば、必ず、身体の ルックスに大きな変化がでていたことを思い出し、身体というハードウエアも施術 によって、アップデートされていくんだということを思いだした。OS がアップデー トされても、大丈夫だなと安心した。
そんなことを考えていたら、身体が、森の中の大きな大木になったような感じがした。羽虫や光が漂っている静かな空気の中をごくゆっくりとしたスピードで、枝を 伸ばし、枝の先に葉をつけ、つるを伸ばして、まわりの空間の中に広がって空間を 確かめていく大木のイメージ。
施術中、身体のあるパーツへの微かな作用で生じる他のパーツへの響き、具体的に いうと、肩に刺激を受けたら、左足の膝の内側にツンとした痛みを感じるというよ うな・・・そんなことがある度に、田畑先生の手技は、その響いたパーツに移動す る。何も言わないのに。 自分の身体の神経伝達システムとか、身体ネットワークにアクセスされているとい うか、ハックされている、という感じ。システム開発者も気付いていない創造的な 方法で、オリジナルのシステムに改良を加えていくという本来の良い意味でのハッ キングですが。
今回、特にインストールされたソフトは、「自分で自分を調整できるから大丈夫」と 「安心して変化を感じとけ」というものだった気がする。
施術以外でも、田畑先生が、スゴいなと思うのは、身体のどこどこが悪いという類いのことを言わないこと。そして自分で治せますよ、と言ってくれること。
帰宅後、もの凄い眠気に襲われ倒れこむように寝た。夜中に、ロルフィングの連続 セッションで消え去ったはずの身体中の過去の痛みがが炸裂した。 ふくらはぎをつったり、足首をつったり、首も痛いし、背中も痛い。身体のあちこ ちで花火があがって、身体大花火大会のようだった。
翌朝は、問題だった頭痛、首の左右の痛みがとれて、そのかわり、右の肩甲骨のま わりがすごく痛くなった。もしかして首の痛みのせいでこの痛みに気付かなかったのか? あるいは、すごく痛いが、可動域は増えた感じなので癒着していた部分が 剥がれていくことで生じる痛みかも? と解釈して変化をみることにした。ロルフィングのセッションの後は色々な変化が出るので、心配はなかった。
そしてまた 1 日経ち、 色んな方向に首を動かしてみると、左右、それぞれに傾ける角度によって痛みを感 じる箇所があった。なんだかやだなあと思いながら、首を動かしていたら、2つの ことを思いだした。 1つは、仰向けに寝た状態で膝をたてた時、右膝の内側に痛みを感じると、田畑先 生に伝えた時、膝の位置を変えてみることを提案されたこと。 膝のポジッションを変えただけで痛みはなくなった。
そしてもう1つは、 痛みを覚える首の傾きは、施術前にとった写真に写っていた首の位置と同じだとい うこと。
痛く感じたのは、痛く感じるポジションに首を置いたからなのだった。 縛られているわけでもないのに、痛みを感じるポジションに首を置くことなんかな い。自分で自分を痛い場所に固定するなんて・・・へんだが、自作自演の痛みってまさにこのことだ。
2 日経ったタイミングで、ウォーキングをしたいという気になった。 これまで 10 分も歩くと、疲れてだめだという感じだったのに。 大好きなウォーキングができて嬉しい。 そんなやる気が出て嬉しかった。
気力や体力が落ちて困った面ばかりを見ていたが、施術後に、気力が落ちて良かったことも見えてきた。無理ができなくなったことで、意味のない義務感にかられて なにかをしたり、罪悪感にかられて何かをやる、というような余計なことをしなくなった、といういい面もあることに気付いた。「心配を解消するために、たくさんの ことを、色々やる」という重荷をおろせた感じだ。
そんな風に考えられたのも、セッション中に頭が静かになって深い自分にアクセスできる機会を得たからだと思う。
なんというか、とてもいい体験だった。海の中に潜ったり、森の中を体験したり、 ずいぶんとおしゃれで完成度の高い、ステキなテーマパーク、あるいは、アトラクションに参加したみたいな体験でした。